当院と一緒に成長してきました


story002-01[1]小寺久美子
私が看護学校を卒業したのは当院がオープンする年でした。新卒で当院に採用され4月に入職。病院がオープンする6月までは開設準備にあたりました。
当時は、当院は亀山市民に対する医療全体を担い、急性期の患者さまもたくさん入院されました。昔は疾病になれば入院し、回復すれば退院されて病院との関係はそれで終了というのが通常でしたが、時代は移り変わり、病院はただ疾患を治療するだけの場所ではなくなっています。病院の機能も分化しているなかで、当院は今、地域住民の暮らしにまで踏み込んで、入院患者さまの生活をサポートする役割を担っていますが、病院が時代と共に役割を変えてきた流れとともに私自身も成長し、今は当院の地域連携室でソーシャルワーカーとして勤務しています。

生活すべてを考えるようになりました

介護保険が導入されたころから、患者さまやご家族から制度面での相談を多く受けるようになり、自分なりに社会福祉制度について勉強をしていました。そんなころ、当院に地域連携室をつくる構想が出てソーシャルワーカーが必要になりました。それまで独学で知識を得て相談には応じていたのですが、それならソーシャルワーカーとしてきちんと話ができるようになりたいと考え、通信の大学に進学して資格を得ることにしたのです。
看護師であってもソーシャルワーカーであっても、どうすればその人のQOLを向上できるかを考えるという面では何ら変わりはありません。ただ役割が変わって思うことは、看護師をしていたときは医療的な側面から考えてばかりいたように思います。たとえば糖尿病を持つ方が退院されるときは、インシュリンはどうするか、食事療法はどうするかということばかり考えました。しかし今は、どんな暮らしを送るかというように、生活すべてを考えるようになりました。

自分たちで問題解決ができるように

私の仕事内容は、地域の病院や施設、開業医さんなどから患者さまの紹介を受けたり、逆に患者さまを紹介するときの相談窓口になったりします。また退院後も在宅療養が必要な方には自宅療養が可能なようにサービスを紹介したり、治療費の支払いが困難な人の相談にのることもあります。その他、さまざまな役割を担っていますが、ご本人やご家族とじっくり生活面の相談を受けるため自然に気心も知れてきて人と人との関係性が生まれ、それがこの仕事のやりがいにつながっていると感じます。
日ごろ注意しているのは、いつも相談者を主体に考えるということ。こちらの価値観を押し付けるのではなく、ご本人やご家族がどうしたいのかを知り、それに近づけるにはどうすればいいかをアドバイスして、最終的には自分たちで問題解決ができるようにと考えています。
当院は公的な病院なので、この地域の人たちが健康に暮らせる支援が必要であり、私もこの役割に力を発揮していきたいと思います。