私は小学生の頃から、漠然とではありますが、医療従事者になりたいと考えていました。海外ドラマのERに登場する看護師の姿に憧れたこと、患者さんに直接かかわる機会が多いことなど、看護師になろうと考えるようになっていました。私が看護師になってはじめての配属は、紹介された緩和ケアを行う病棟でした。新人の頃は忙しく、しんどい部分ももちろんありましたが、楽しい新人時代だったと思います。緩和ケアという領域を選択したのは、自身の性格を考えるとそれが適していると思ったからですが、実際に緩和ケアに関わって感じたのは緊急対応もあり、意外と幅広い経験ができ、看護師の仕事は興味深いことが多いと実感しました。患者さんのケアにおいては、様々な情報収集をし、身体的にも、心理的にも、いかに痛みを和らげていくのかといったことを意図しながら関わっていくといったことは、看護師になる前から想像した通りでしたし、そういう毎日が楽しく充実した1年目だったと思います。
患者さん目線に立ち、医療的な用語をわかりやすく伝え、安心して治療を進めてもらいたい
昨年の4月に当院に入職しました。看護部長が掲げる目標、地域に根差した寄り添う看護の実践といったことに共感しました。実際に、スタッフそれぞれが、患者さん一人ひとりに合わせた看護を考え、実践しており、「すごい!学ぼう!」といった気持ちで私も看護をしています。私が看護をする上で大切にしていることは、患者さん目線に立つことです。特に意識しているのは、医療的な用語をわかりやすく伝えることです。患者さんはわかると安心されますし、理解を深めると治療が進みやすくなります。例えば、医師の説明も即時に理解できているとは限りません。私は、患者さんが安心できるように丁寧に伝えることを大切にしています。また、骨折などでリハビリなどをする患者さんは治っていく過程でも、体を起こすのも不安なものです。医学的視点に立ってどこまでなら大丈夫なのか、リハビリを担当する療法士からアドバイスを受け、患者さんが早く動けるようにするためにも、知見を得て、患者さんにわかりやすく、理解を深めやすい説明を心掛けています。
手術後やICUで治療中など様態の変化が大きい患者さんの看護にもチャレンジしていきたい
看護師の仕事の魅力は何といっても患者さんに一番近く、最も長くいることができることだと思います。これまでの人生、価値観、生活スタイルなどを深く知る機会があり、その人にとって適した生活を踏まえた上で、治療の調整を考えるところにやりがいを感じています。患者さんが良くなるプロセスを考えることは本当に楽しいです。他のスタッフから私の考えを問われ、回答に対してアドバイスを得ながら、成功体験を積んでいける職場環境も仕事の楽しさに繋がっています。現在、西病棟で勤務しており、病室にいる比較的落ち着かれている患者さんの対応が中心でした。今後は、これまで実践してきた看護の質を高めていくことにチャレンジしつつ、手術後の患者さんやICUで治療中の患者さんを看たり、様態の変化が大きい患者さんの看護も経験してみたいと考えています。様々な経験を経て、患者目線に立った看護を追求していきたいと思います。
私は、母親が看護師であることがこの道に進んだことに少なからず影響していると思います。人の役に立つ仕事に就きたいという気持ちがあり、そういう捉え方で看護師という職業を見ていたように思います。看護師になった当初は、やるべき業務を覚えるのに必死で、看護をしているという実感がないままに日々が過ぎていきました。学生時代、実習先に厳しくて、私にとっては怖い看護師がたくさんいたので、入職したての私は相談一つ持ちかけることにもビクビクしていました。ところが、そんな杞憂は一瞬にして吹き飛ばされました。仕事を必死で覚えようとしている私に、優しく温かい言葉を掛けてくれる、丁寧に教えてくれる先輩がたくさんおり、職場もアットホームで、スタッフ同士の距離が近いので、良い環境で新人時代を過ごせました。病気になって患者・家族が辛い姿を見る仕事ですが、リハビリをし、回復し、退院される患者・家族の方から「ありがとう、あんたに看てもらえて良かったわ」と言って頂けた時は、「私も役に立てたのかも・・・」と思い、先輩たちの支援に感謝しながら、嬉しくなったことが思い出されます。
私は、工業系の高校に通っていましたが、将来を考えるとIT分野に進むイメージがしっくり来ませんでした。様々な仕事を検討する中で、入院していた親戚が看護師さんにお世話になっている姿を見て、看護師になれば一人暮らしの祖母の力にもなれると思い、この道に進む決心をしました。新人の頃は、学生時代から言われていた通り、なかなか患者さんと関わる時間を作ることができませんでした。仕事をこなすのが精一杯で、患者さんの想いにしっかりと耳を傾けたい気持ちがあるのに、自分が描いている看護とは程遠い毎日を過ごしていました。ただ、それでも、患者さんが元気な姿で退院されたり、面会に来られたご家族が「良くなってきたんです!」と嬉しそうに話されている様子を見ると、微力ながら自分も関わることができた喜びを感じると同時に、もっと患者さんやご家族に役立てるような仕事をしようと思えました。新人が入ってくる頃には、患者さんと向き合う時間が増え、看護の楽しみも徐々に感じることができるようになってきました。
私は小学校入学前から野球を始め、高校時代は強豪校で野球をしており、将来は野球を通じて進学・就職を考えていました。しかし、ケガによりその道を断念せざるを得なくなりました。喪失感の中、看護師をしていた父親の勧めで看護師になりました。しかし、なりたいと思ってなった職業ではないので、何回も辞めようと思いました。最初にスポーツ整形を兼ねる総合病院の整形外科病棟で働きました。自分自身の知識も技術も限られているので、毎日が精一杯で、「自分は役に立っているのか」と思いながら働いていました。また、自分が看護職に抱いていたイメージとのギャップを、なかなか埋めることができずに毎日を過ごす中で、急性期看護に興味を持つようになり転職しました。急性期看護は、急を要する仕事なので、例えば、急変に対応できた時などは大きな達成感が得られました。当時の私にとって「自分が役に立っている」という実感に繋がり、それから看護師の仕事にやりがいを見出せるようになりました。
私の母が看護師をしていたので、子どもの頃にナースステーションに行く機会があり、看護師のお姉さんたちが明るく仕事をしているのを見て、自分も将来は看護師になるのだと自然に思っていました。しかし、看護師になれたものの「速く、正確に」を求められることに苦戦の連続でした。というのも、私はおっとりとした性格で、看護師をフワッとした優しい感じの人たちというイメージを抱いていたので、始めた頃はギャップを感じる毎日でした。先輩たちの手際よく仕事をしていく姿を見て、「いつになったらこんな風に仕事ができるのだろうか」と思いながら過ごしていました。ただ、幸いなことに、プリセプターを初めとする先輩たちに助けられ、また、同世代の人たちから励まされながら、まるで学校にいるかのように楽しい職場にいたので成長できたのだと思います。徐々に、仕事に適応していき、逆に少しせっかちな性格になったと思います。医師から指示がある前にやるべきことをテキパキとできるようになろうと誓った新人時代でした。
高校生の時に進路を考える中で、人の生活を支える仕事に就きたいと考えるようになり看護師を選びました。看護学生時代、実習指導の看護師が厳しく、一度は看護師になることをやめようと思ったこともありました。しかし、大学に編入して保健師の免許を取得し、まずは看護師としての経験を積む必要があると思い、病院で看護師として働くことにしました。新人の頃を振り返ると、しなければならないこと、覚えることが多く、目の前のことをこなすのが精一杯の日々でした。職場環境がよく、先輩がしっかり指導してくれたので、そんな先輩のようになりたいと思いながら日々頑張っていました。2年目になり仕事にも少しずつ慣れ、周りを見ることができるようになってからはやりがいを感じることが多くなってきました。また、リーダーを任されるようになってからはさらに責任を伴う業務が多くなり、自分のやりたいことも少しずつみえてくるようになった気がします。直接医師とコミュニケーションをとることも多くなったことで治療のことも1年目に比べてわかるようになり、やっと患者さんのことを理解しながらケアできるようになったと感じた記憶があります。ケアができるようになったという実感を得られるまでに時間はかかりましたが、一つひとつ着実に仕事をしていくことで看護師の仕事の魅力に巡り合えるようになりました。
看護師になって既に10年が過ぎました。もともとは介護福祉士になろうと思っていましたが、母親が看護師を勧めてくれたので、看護師になりました。実際に看護師になることはできましたが、新人の頃は、正直言うと仕事をするのが苦しかったですし、悲しい気持ちの毎日でした。血液内科に配属されたのですが、日々、弱っていく人を看る、そして、亡くなっていく様子を見るという状態が私には重かったのです。患者さんに点滴をしたり、体を拭いてあげたりする中で、ちょっとしたコミュニケーションを取る機会がありますが、どうしても悲観的なお話が多くなり、受け止めるのがとても苦しく、看護師としての経験もないので、何がわからないのかさえわからない毎日でした。「もう、辞めたい」と思い、上司に相談したら、「人間に死は付きもの、残りの人生にどう寄り添うのかも看護」と教えられ、考え方や気持ちが一気に切り替えられました。「あんた、ありがとう」と患者さんから声を掛けられることも素直に嬉しい気持ちになり、人の役に立つ仕事なんだと実感がわくようになっていました。その後は、一転して、この仕事が好きという気持ちで取り組んでいます。
小学生の頃、テレビで障害を持つ子どもたちの支援に情熱を注ぐ宮城まり子さんの姿を見て、将来は自分も福祉関係の仕事に就きたいと考えるようになりました。その思いは高校生になり進路を選択する時期になっても変わらず、幼児教育や社会福祉について学べる短期大学に進学しました。当時はまだ介護福祉士という資格はなく、寮母として身体障がい者施設に就職。初めて看護師の仕事に興味を抱いたのは、短大生の頃アルバイトしていた小児科医院で、患児が熱性けいれんを起こした時のことです。医学的知識がなかったので、ただ見守ることしかできず、救急車が到着するまでの時間がとても長く感じられました。そして寮母として看護師の近くで一緒に仕事をするようになってから、入所者の健康維持のためにはもちろん、自分の身を感染症などの危険から守るという意味でも、医学的知識を学びたいと考え、看護学校に進学することを決めました。
