子どものころから病院に触れることが多くて


story1506私が小学校低学年の時に母が入院し、看護師に初めて触れました。小学3年生のころには父が大火傷を負って入院。そこでも看護師に触れる機会がありました。そして入院中の父が外泊した時には、母と一緒に背中のガーゼを交換し「痛そうだな…」と思いながら「父の背中に手を触れていたら痛みは楽になるかな」と子ども心に思ったことは、今も鮮明に覚えています。
そんなことから、漠然と看護の仕事に興味を持つようになり、将来は看護師か警察官になりたいという夢を抱いていました。
中学3年の時のこと、担任の先生から「衛生看護科を受けてみないか?」と言われました。よくわからないままに、気楽な気持ちで受験したら、なんと合格。どうしようかと悩んだのですが、母から「合格したというのはご縁があったということなのだから行きなさい」と言葉をかけられて、衛生看護科に進学することに決めたのです。そして高校卒業後に進学して、看護師資格を取得しました。

忘れられないターミナルの患者さま

看護師になってからは、いくつか病院を変わりましたが、すべて消化器外科の病棟勤務ばかりでした。
今も忘れられないのは、術後に転移が見つかり亡くなった高齢の患者さまのことです。部屋に行くたびに、その方が好きな時代劇の話や、他愛もない会話をする事しか出来ない私は「これでいいのだろうか?」と思うことの連続でした。私が受け持ちの時に看取りとなったのですが、最期の時にご家族が「あなたで良かったわ」と笑顔で声をかけてくださり、穏やかに逝かれたその方の顔を見ると、涙を抑えることが出来ませんでした。そのとき感じたのは「これで良かったんだ」ということ。私のかかわりは正解ではなくても、間違いではなかったと胸をなでおろしたのです。そんな風に、ターミナルの患者さまへの看護は悩むことも多く、忘れられない方が何人もおられます。

表情が笑顔に変わっていくのがやりがい

私は今、夜勤専従で働いています。今の働き方を選んだのは、一緒に暮らす姑が軽い認知症で、目が離せないのが理由でした。以前、専業主婦になった経験があるのですが、私は主婦の仕事にやりがいを感じられず、周りの友達に置いていかれるような不安に苛まれ「看護師に戻りたい」と強く思いました。だから、昼間は仕事に出られないとはいえ、看護師から離れたくないという気持ちがあって、夜勤専従という選択をしたのです。
準夜と深夜を続けて勤務するので長時間労働になるのですが、大好きな看護の仕事なので、苦にはなったことはありません。ただ、日中の患者さまの様子がわからないので、しっかり記録を読んで状態を把握し、小さな変化を見逃さないよう心がけています。
看護が大好きな理由は、患者さまの表情が笑顔に変わっていく瞬間が見られること。これからも、いつも笑顔を忘れずに対応し、苦痛な表情が笑顔に変えられるような看護を心がけていきたいと思います

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