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看護師を辞めたい!そんな私への上司の一言が、看護が好きになるきっかけを作ってくれた

看護師になって既に10年が過ぎました。もともとは介護福祉士になろうと思っていましたが、母親が看護師を勧めてくれたので、看護師になりました。実際に看護師になることはできましたが、新人の頃は、正直言うと仕事をするのが苦しかったですし、悲しい気持ちの毎日でした。血液内科に配属されたのですが、日々、弱っていく人を看る、そして、亡くなっていく様子を見るという状態が私には重かったのです。患者さんに点滴をしたり、体を拭いてあげたりする中で、ちょっとしたコミュニケーションを取る機会がありますが、どうしても悲観的なお話が多くなり、受け止めるのがとても苦しく、看護師としての経験もないので、何がわからないのかさえわからない毎日でした。「もう、辞めたい」と思い、上司に相談したら、「人間に死は付きもの、残りの人生にどう寄り添うのかも看護」と教えられ、考え方や気持ちが一気に切り替えられました。「あんた、ありがとう」と患者さんから声を掛けられることも素直に嬉しい気持ちになり、人の役に立つ仕事なんだと実感がわくようになっていました。その後は、一転して、この仕事が好きという気持ちで取り組んでいます。

内視鏡を受ける患者さんの不安を軽減し、少しでも楽な気持ちになって頂けるかが私の仕事

その後、ICU、外科、そして外来と様々な部署で看護を経験しました。現在は、外来勤務ですが、内視鏡の担当をしています。内視鏡を受ける患者さんは、何度も経験されていても不安な気持ちを持つ方が多いので、その不安をいかに軽減するかということに配慮するように心掛けています。検査前のコミュニケーションでは、初めての人ならどういうものかを丁寧に説明する、2回目以降の人なら前回実施したことの話をお聞きし、それぞれ不安に感じていることに対してしっかりと答え、ケアするようにしています。また、検査中は、背中をさすったり、適度な声掛けをし、気持ちが少しでも楽になるように気遣います。試行錯誤の中でやっていますが、日々嬉しいこともあります。病棟での看護では、毎日、患者さんと顔を合わせますし、短期間であれ、一緒に過ごす時間が長く、お互い気心が知れてきます。しかし、外来では、一般にそんなことはあまりないと思われがちですが、内視鏡検査で関わった患者さんは私たちのことをよく覚えて下さっています。飲み方の注意、楽になる方法など患者さんはそういうこともしっかりと覚えて下さり、私は、そんな時、もっと役に立ちたいと心が弾みます。

内視鏡に関わる仕事を極めていきたい、そして、その重要性を社会に広め、健康維持に役立てたい

試行錯誤の中でようやく内視鏡についてもわかり始めてきたので、これをしっかりと自分のものにしたいと思っています。一つひとつ、一人ひとり、しっかりと関わっていくということですね。そして、将来的には、内視鏡に関わる仕事を極めていきたいという気持ちが強いです。だから、研修会などに参加して、もつと勉強したいと思っています。健康な体を維持していくためには、やはり、健康な状態かどうかを正確に知ることが大事になってきます。そういう意味では、定期健診は大切です。体の細部に渡ってまでチェックすることを怠ったために、知らない間に病気が進行していたという話はよく聞く話です。そんなことがないように、内視鏡検査の重要性を社会に広報していくような活動にも関わり、健康維持に役立ちたいと思っています。

手術は非日常。不安を和らげる工夫を重ね、仕事の喜びが見えた

私が看護師になろうと思ったきっかけは、高校時代に看護師を目指している友達がいたのがきっかけで興味を持つようになりました。元々、社会貢献ができる人になりたいという思いもありましたし、人に直接関わりお世話をする仕事ということで看護師の道を選びました。ただ、看護師になったばかりの頃は、自分がやりたかったこと、あるいは、抱いていた看護師のイメージと違うので大きな戸惑いがありました。手術室に配属になり、今、振り返ると、自分が単に余裕がなかっただけなんですが、機械の扱いを覚えるのに一苦労で、患者さんとの関わりが薄いように感じ、複雑な気持ちで過ごしていました。2年目になると、少し、余裕も生まれ、看護とは何かを考えられるようになりました。人生の中で手術をする人なんてそうはいませんし、言わば、入院でさえ非日常ですから、手術は非日常の中のさらに非日常なわけです。誰しも不安でいっぱいです。そんな中で、どうすれば少しでも不安を和らげることができるかを考え、工夫し、お声掛けをしていく中で、患者さんとの関わり方をあれこれと考えることに楽しみと喜びを見出せるようになってきたと思います。

患者さんの生き方・価値観をよく理解し、その人らしさを尊重する看護をしていきたい

私は、そうして2年間の看護師生活の後、結婚・出産で離職し、10年ぶりに看護師の仕事に復帰しました。2度目の新人です。しかも、今度は病棟勤務になりましたので、初めは業務を覚えるのにやはり一苦労でしたが、新人時代と違い、やはり看護を念頭に置いて仕事に取り組むことができました。高齢者の患者さんが多いので、私は、どんな状態の人であってもその人らしさを尊重することを大切にしながらケアをするようにしています。私よりも人生経験が豊富な言わば人生の先輩たちです失礼のないように配慮することを心がけています。そのためには、患者さんの生き方や価値観、生活様式や習慣をよく観察理解するように努めています。実際は、心掛けていても、自分のケアが正しいのかどうか評価が難しいです。例えば、退院支援です。装着しているもののメンテナンス、薬を飲むこと、トイレがうまくいけないことなどどうすればいいのか。家族のフォローは何が適切か、ヘルパーなど社会的資源の活用は…その人らしさを尊重するというのは難しく、少し壁にぶつかっています。ただ、2年経ち、ようやく入口が見えてきたという感じです。

患者さんが望まれるのであれば、自宅で生活の実現の道筋を見出せる看護師を目指したい

今、褥瘡の委員会に入れて頂き、役割をもらうようになれました。褥瘡に関しても症例はたくさんあるのですが、それらをすべての看護師に周知するのが難しく、それを何とかしたいと考えています。世の中の変化に伴い新しい良質の情報や知識はどんどん増えるのですが、それを習得すると看護の質が向上するのは誰でもわかるのですが、それを得る時間の創出もまた大きな課題です。個人的には、退院支援についてもっと深めていきたいです。退院後訪問に行った時に感じたのですが、病院にいた時とご自宅で過ごされている患者さんの一番違いは、ご自宅では、表情に安堵感があり、また、イキイキとされていることでした。私は、患者さんやご家族が望まれるのであれば、ご自宅で生活ができるようにどうすればいいかを念頭に置き、そこに立ちはだかる問題をどう解決するかを考え、適切な道筋を見出せる看護師を目指したいと思います。

毎日のケアを、丁寧に積み重ねることに価値がある

障がい者施設で介護職員としての勤務を経て、看護の道へ

itotomomisama小学生の頃、テレビで障害を持つ子どもたちの支援に情熱を注ぐ宮城まり子さんの姿を見て、将来は自分も福祉関係の仕事に就きたいと考えるようになりました。その思いは高校生になり進路を選択する時期になっても変わらず、幼児教育や社会福祉について学べる短期大学に進学しました。当時はまだ介護福祉士という資格はなく、寮母として身体障がい者施設に就職。初めて看護師の仕事に興味を抱いたのは、短大生の頃アルバイトしていた小児科医院で、患児が熱性けいれんを起こした時のことです。医学的知識がなかったので、ただ見守ることしかできず、救急車が到着するまでの時間がとても長く感じられました。そして寮母として看護師の近くで一緒に仕事をするようになってから、入所者の健康維持のためにはもちろん、自分の身を感染症などの危険から守るという意味でも、医学的知識を学びたいと考え、看護学校に進学することを決めました。

「看護って何だろう?」-この問いに向き合うため、ホスピスに再就職

卒業後、県内の総合医療センターで看護師として働き始め、充実の毎日を過ごしていました。でも8年目になったある日のこと。ドクターから「看護師って、何をする人なの?」と聞かれて、答えられない自分に戸惑いました。自分なりに色んな思いを持って働いていたことは確かですが、それを言葉で表現して人に伝えられず、もどかしくてたまりませんでした。このエピソードが大きな転機となり、大阪にある総合病院に再就職し、ホスピス病棟へ配属となりました。ただひたすらに自分の命に向き合っている患者さん達を目の前に、「看護師として、人として何ができるのかな?」と、考える日々が続きました。終末期の患者さんとの関わりを通して導き出したこと。それは、「今日一日を大切に生きる」という姿勢です。専門職としての自覚と責任、知識と技術を持って相手に関心を寄せ、一回ずつのコミュニケーションを通して相手のことを理解すること、相手を信頼すること、そして、ケアをとにかく丁寧に気持ちを込めて実践することが、看護の価値そのものと改めて気付きました。何より、同じ方向を見て研鑽と意識を高めあえる上司・同僚そして最後の大切な時間を過ごした患者さん、ご家族との出会いは私の宝物となっています。

患者さんを一人の生活者として看護を提供できるように

10年間のホスピスでの経験を一般病棟で活かしたいと異動、4年間を経て退職し、今年の4月からこちらの病院に再々就職しました。高齢多死社会となっていく今日、大好きな地元に貢献したいという気持ちから、地域に根差した医療を提供している当院を選んだのです。まだ4ヶ月しか経過していませんが、病院スタッフが一丸となって、在宅医療・看護を推進する動きの中で、地域連携における看護師の重要性をひしひしと感じています。当院の看護部には訪問看護室があり、退院後の患者さんの訪問に同行させていただいたことで、退院支援に何が必要なのか、新しい視点が広がりました。常に社会の変化に対応できる知識と技術、そして、“こころ”を持ち合わせた柔軟な看護師でありたいと思っています。

患者さんの「ありがとう」「また来てね!」の言葉に励まされて

kameyama-160601看護師をずっと続けている母の影響を受け、幼い頃から看護師の仕事に興味を持っていました。看護師は人の命をあずかる仕事なので大変だろうな、と子供心に感じていましたが、「自分が関わることで患者さんが元気になっていく姿を見られた時、すごくうれしいし、やりがいを感じられるよ。」という母の言葉に胸を打たれて、自分も同じ道に進もうと思いました。

私はもともと三重県出身で、当院からの修学資金制度を利用しながら県内の看護学校を卒業しました。卒業後、他府県に就職する同級生もいましたが、大好きな地元で頑張りたいという気持ちと、総合的に学べる環境で働きたいという思いから、この病院に就職しました。今年入職したのは新人の私と既卒者である同期の2名だけですが、アットホームな雰囲気でとても話しやすい先輩ばかりなので、毎日とても楽しいです。仕事中、いつも先輩の方から「大丈夫?何か困っていることはない?」と声を掛けてもらえるので、分からないことがあってもすぐに解決できます。
コミュニケーション研修で学んだことを、自分の看護に活かしたい
私が勤務している西病棟は急性期病棟で、様々な診療科の患者さんが入院しています。今はまだ入職したばかりなので、一日に受け持つ患者さんは1部屋(6人)だけで、それぞれの患者さんのプライマリーナースの指導を受けながら、日々の看護に取り組んでいます。

患者さんと接する中で特に感じているのは、〝信頼関係の大切さ〟です。先日新人教育研修の一環として、三重県看護協会主催の外部研修に参加させていただきましたが、自分の話し方や表現の仕方によって、思わぬところで患者さんにプレッシャーを与えたり、自尊心を傷つけたりする可能性があるという点に改めて気付かされました。疾患や障害の程度はもちろん、患者さんの性別や年齢層によっても、感じ方や受け止め方は様々です。日頃の何気ない会話はもちろん、個別の指導をする場面でも、常に自分の言葉の選び方や表情などにも注意しようと思います。

認知症の方ともしっかりと信頼関係を築けるように

今は日々の業務を覚えるだけで精一杯ですが、そんな中でも業務中心ではなく、患者さんの心やこれまでの人生にも目を向けるようにしています。今後ますます高齢化が進むため、高齢者や認知症の方の支援の方法やコミュニケーションの取り方について勉強したいです。看護学生時代、認知症の患者さんを受け持った時、どう関わっていいのかとても悩んだ経験があります。認知症の方の行動や言動には必ず理由があると思うので、表面的なことだけで判断するのではなく、心理的・社会的背景からその人の全体像をとらえられるようになりたいです。

とはいえ、入職したばかりで、様々な処置や急変時の対応、夜勤での動き方など、看護師として一人前になるために、まずは習得すべきことがたくさんあります。師長さんや先輩方みたいに、常に全体を見渡せる看護師になれるよう、精一杯頑張ります!

看護師は子どものころから憧れていた職業

story1601看護師は幼いときからの憧れで、幼稚園のころに将来の夢を問われると「看護師になりたい」と答えていました。
看護学校を卒業後に当院へ就職し、手術室に配属された私は、長年にわたり手術室の看護に携わりました。手術というのは、私たちにとって毎日の事ですが、患者さまは一大決心をして嫌だと思いながら来られるのだということを常に意識して、入室時には温かい対応を心掛けてきました。そして、状況を判断して予測しながら対応することで、安全に、スピーディーに手術が進んだときには、それがやりがいに変わっていきました。
そして最近、病棟に勤務異動になったので、今は環境の変化に戸惑っている状態です。手術室の勤務は、外来や検査室での業務も兼ねていたので、それらの経験を活かして、患者さまに安心していただけるような説明をしていこうと思っています。

患者さまには安心感を提供したい

看護師をしていて嬉しいと感じるのは、こちらは覚えていなくても、患者さまの方が覚えてくださっているときです。特に手術室は、患者さまには目しか見えていないのですが、外来で「手術の時にお世話になった看護師さんですね」と声をかけられることがあり、感激するとともに、よく見ておられるのだと思い、気を引き締めて看護にあたらなければいけないことを実感します。
また入院中というのは、苦痛を伴う検査も多いのですが、検査を受けた方に「安心して受けられた」と言っていただくのも看護をしていて嬉しい時。そんな言葉をいただける援助をこれからも心掛けていこうと思っています。

いつも謙虚に優しい気持ちで

病棟勤務になって、患者さまと接する時間が増えたのは嬉しいことだと感じています。基本的に患者さまと接することが好きなので、密にかかわって話をするなかで、少しでも楽しい時間をつくれるような雰囲気づくりをしていきたいと考えています。
病院ではどうしても、患者さまに、こちらの都合を押し付けてしまう場面もあるのですが、指示的な対応ではなく、いつも謙虚に優しい気持ちで接することを忘れずにいたいですね。短気な性格なので、気を長く持つようにと自分に言い聞かせて、優しくかかわるのがこれからの目標です。

部署を超えて声をかけられるのがいいと思う

story151121歳のころ、医療事務をしていた私は椎間板ヘルニアで入院することになりました。痛みが強い時に、看護師さんに優しく声をかけていただくことで救われた気持ちになったことから、患者さんと直に接する看護師の仕事に興味を持ちました。そして退院してから「看護師になりたい」と思うようになり、看護学校に進学しました。
看護学校を卒業後、すぐ当院に就職したのですが、規模が大きくないだけに、職員みんなが顔を知っていて、部署を超えて声をかけられるのがいいところだと思います。当院で、私は5年間訪問看護を経験し、今は病棟で勤務しています。

先を見ながら入院中に支援ができる看護を目指す

訪問看護では、ご自宅で過ごされている療養者の方と時間をかけて関わりながら、末期の人を自宅で看取る経験も重ねてきました。病院とは異なり、ご自宅の療養者さんの表情は穏やかで、深く関われる看護にやりがいを感じてきました。
今は病棟で勤務していますが、多くのスタッフは在宅を知らないので、私が橋渡しになって患者さまの希望に添える退院を支援していきたいと考えています。
患者さまのなかには、病棟では食事も進まず、自宅に帰れそうにない状態でも、帰ってみたら食事は進んで、みるみる元気になる方もいれば、その逆で、元気だったのにご自宅で寝たきりになってしまう方もおられました。そんな経験を踏まえて、在宅療養を可能にするためには何が必要かを考え、先を見ながら入院中に支援ができる看護を目指していきたいと思います。

病棟でクッションの役割を果たすのが目標

私自身の目標は、組織の中で中間に位置することから、師長や副師長の考えを聴いて、上手に下に伝えたり、スタッフの意見をまとめて上手に上に伝えたりして、クッションの役割を果たし、病棟がうまく回るようにすることです。また、看護をする中で心がけていたいのは、いくら患者さまと親しくなっても、友達ではないという関係性を重視して、相手を尊重する姿勢や言葉遣いには気をつけたいと思っています。
今の私は、訪問看護から病棟の看護に変わったことで、ご家族にどこまで入っていくのか、医師とどう関わっていくかなど、戸惑っている部分もあるのが現状です。早く今の環境に慣れ、病院の看護師と在宅の看護師のクッションにもなれたらうれしいと思います。

全スタッフが見えるのが当院のいいところ

story1512中学生の頃に入院したとき看護師に触れ、両親には「将来看護師になりたい」という夢を語ったようです。そんなことはすっかり忘れて日々を過ごしていたのですが、高校3年で進路を決める際、父から、私が看護師になりたいと言っていたことを告げられて、勧められるまま看護学校に進学しました。
まずは准看の資格を取得し、クリニックで働きながら看護師を目指し、看護師になってからは当院に就職して今に至ります。
当院のいいところは、単科ではないので様々な疾患の患者さんが入院されており、知識の幅が広がること、また、規模が大きくないので、すべてのスタッフのことが大体わかり、コミュニケーションが広がるというところです。

今の自分に出来ることを探して提供したい

看護師になってよかったと思うのは、患者さんの人間関係を見ながら、いろんな人生経験をさせていただけることでしょうか。これまで多くの経験をしてきましたが、忘れられないのは、ある末期の患者さんのことです。
その方は、私の旧性と同じだったことから、なんとなく親近感が沸いていました。ある夜勤の時の事、個室でおられたその方は、訪室した私に「辛い」「安楽死させてくれ」と訴えられたのです。そんな風にストレートに言われたのは初めてだったので、かける言葉が見つかりません。それでもなんとかその場をしのいで部屋を後にしたのですが、次に出勤すると、もう亡くなっておられました。
患者さんの強い苦痛を目の当たりにして、こんな気持ちでおられる患者さんは多いのだろうと思うと、些細なことでも今の自分に出来ることを探して提供したいと思いました。忙しくて手が回らないこともあるのですが、業務に流されていては、自分の看護に満足は得られないと思います。

もっとスタッフと話したい

出産後、育児休暇を経て今は時短で勤務しています。子どもは2人。上の子が4歳で下の子はもうすぐ2歳になります。
今、私が望むのは、もっとスタッフと話したいということです。産休や育休を繰り返すうち、スタッフの入れ替わりもあって、今働くメンバーとゆっくり話した経験は少ないように感じています。
また、時短勤務なので、仕事以外の話をする時間もほとんどないのが少し寂しいところ。今後は子供の成長と共に、スタッフと関わる時間も増やしていき、チームワークのいい職場づくりに貢献しながら、看護の質向上につなげていきたいと思います。

子どものころから病院に触れることが多くて

story1506私が小学校低学年の時に母が入院し、看護師に初めて触れました。小学3年生のころには父が大火傷を負って入院。そこでも看護師に触れる機会がありました。そして入院中の父が外泊した時には、母と一緒に背中のガーゼを交換し「痛そうだな…」と思いながら「父の背中に手を触れていたら痛みは楽になるかな」と子ども心に思ったことは、今も鮮明に覚えています。
そんなことから、漠然と看護の仕事に興味を持つようになり、将来は看護師か警察官になりたいという夢を抱いていました。
中学3年の時のこと、担任の先生から「衛生看護科を受けてみないか?」と言われました。よくわからないままに、気楽な気持ちで受験したら、なんと合格。どうしようかと悩んだのですが、母から「合格したというのはご縁があったということなのだから行きなさい」と言葉をかけられて、衛生看護科に進学することに決めたのです。そして高校卒業後に進学して、看護師資格を取得しました。

忘れられないターミナルの患者さま

看護師になってからは、いくつか病院を変わりましたが、すべて消化器外科の病棟勤務ばかりでした。
今も忘れられないのは、術後に転移が見つかり亡くなった高齢の患者さまのことです。部屋に行くたびに、その方が好きな時代劇の話や、他愛もない会話をする事しか出来ない私は「これでいいのだろうか?」と思うことの連続でした。私が受け持ちの時に看取りとなったのですが、最期の時にご家族が「あなたで良かったわ」と笑顔で声をかけてくださり、穏やかに逝かれたその方の顔を見ると、涙を抑えることが出来ませんでした。そのとき感じたのは「これで良かったんだ」ということ。私のかかわりは正解ではなくても、間違いではなかったと胸をなでおろしたのです。そんな風に、ターミナルの患者さまへの看護は悩むことも多く、忘れられない方が何人もおられます。

表情が笑顔に変わっていくのがやりがい

私は今、夜勤専従で働いています。今の働き方を選んだのは、一緒に暮らす姑が軽い認知症で、目が離せないのが理由でした。以前、専業主婦になった経験があるのですが、私は主婦の仕事にやりがいを感じられず、周りの友達に置いていかれるような不安に苛まれ「看護師に戻りたい」と強く思いました。だから、昼間は仕事に出られないとはいえ、看護師から離れたくないという気持ちがあって、夜勤専従という選択をしたのです。
準夜と深夜を続けて勤務するので長時間労働になるのですが、大好きな看護の仕事なので、苦にはなったことはありません。ただ、日中の患者さまの様子がわからないので、しっかり記録を読んで状態を把握し、小さな変化を見逃さないよう心がけています。
看護が大好きな理由は、患者さまの表情が笑顔に変わっていく瞬間が見られること。これからも、いつも笑顔を忘れずに対応し、苦痛な表情が笑顔に変えられるような看護を心がけていきたいと思います

地元に貢献したいと考え当院へ

看護師 森 育子

小学生6年の時に入院した私は、看護師さんに触れるうち、将来は看護師になりたいという夢を持つようになりました。その後、年齢を重ねるうちにそんな想いもぼやけていったのですが、高校3年の進路を決める際にその夢がよみがえり、看護師を目指そうと思うようになりました。
亀山で生まれ育った私が当院に興味を持ったのは、高校3年で看護師の1日体験に来たのがきっかけでした。就職を決める時には、お世話になったこの土地に貢献したいと考えて、当院への就職を決めたのです。当院で経験を積むうちに、他を見たいという気持ちが強くなり、一度転職しました。しかし離れてみると当院の良さが実感できて、やっぱりここで働きたいという気持ちが強くなり、ふたたびドアをたたいたのです。そんな私を温かく受け入れてくれる風土が当院のいいところ。今は穏やかな人間関係に助けらながら日々看護をしています。

患者さまの気持ちになって考える

看護師になってから忘れられない患者さまは、30代半ばにして亡くなった乳がんの方のことです。ターミナル期になると、その患者さまの足はパンパンに腫れて、がんによる強い痛みも出てきました。「こんなに若いのになぜ死ななきゃいかないのか…」と思うと胸が詰まる思いでしたが、私にできるのは、マッサージなどをさせていただくことくらいでした。痛いところに手を触れると、その方は辛いながらも笑顔を見せてくれることもあり、そんな時には余計に胸が痛くなりました。ただ、そんな小さな援助で、ひと時でも苦痛を軽減できる看護の力も実感したものです。その方はほどなく逝ってしまわれたのですが、それ以降、できるだけ患者さまの気持ちになって考えるように心掛け、自分にできることは何かを考え看護をするようになった気がします。
看護のやりがいは、やはり患者さまが回復される姿を見ることでしょうか。日々大変なことも多いのですが、患者さまの退院時、元気になった笑顔を見ながら「お大事に…」と声をかけるときが「看護師になってよかった」と思う瞬間です。

褥瘡対策を深く学びたい

今は、褥瘡対策チームの役割をいただいています。正直なところ、このメンバーになるまでは褥瘡にはさほど興味を持っていませんでした。しかしチームのメンバーになって褥瘡の方に適切なケアを行うと、見る見るうちに患部が治癒していくんです。それを目の当たりにしたときには、もっと知識をつけて適切なケアを判断できるようになりたいと思うようになりました。
今は、褥瘡ケアを個人的に勉強したり、学会に参加したりして知識を深めているところです。今後のビジョンはまだ明確ではないですが、プライベートも大切にしながら、仕事との両立を行い、少しずつ知識を増やしたいと思っています。そうするうちに、自分の将来が見えてきたらうれしいなと思います。

看護師になるのが小さいころからの夢だった

story010看護師 稲場真優美
幼いころに交通事故で入院経験を持つ私は、気がつけば「大きくなったら看護婦(師)さんになりたい」という夢を描くようになっていました。今思えば、幼いころに受けた看護の温もりが心のどこかに残っていたからかもしれません。
看護師になってからは、私が育った地域にある当院に数年勤め、転居に応じて転職。再び地元に帰ることになったときには、以前お世話になった当院に、迷うことなく戻ろうと決めました。当院のいいところは、職員同士がアットホームな環境と、地元に密着しており患者さまに近い立ち位置で接することができること。患者さまとの距離が近い分、返ってくる反応も大きくて、看護にやりがいを感じやすいと思います。
当院の強みは、この土地に入り込んでいるというところなので、そこをもっと強化して高齢化が激しいいこの地域の患者さまを、看護の手で護っていきたいと思っています。

忘れられない患者さまがいっぱい

現在私は、正規職員として夜勤専従で勤務しています。夜勤専従というのは、3交代でいう準夜帯と深夜帯を合わせて勤務し、1か月に144時間労働を行います。月9回の夜間勤務ですが、子育てとの両立もしやすく、今の私にとっては、自分のライフスタイルに合ったベストな働き方だと思っています。
看護師になってから、もうずいぶんの年月が流れましたが、経験を積むごとに忘れられない患者さまがたくさん増えていきます。中でも、ある末期の患者さまに「あなたは仕事を頑張って。私は上で待っているから・・・」と言っていただいたことは今も忘れることができません。残り少ない貴重な時間を、私のために割いて言葉をかけてくださったことに感謝すると同時に、少しだけでも辛い場面に寄り添えたことに、看護師としてのよろこびを感じました。

先を見据えて看護ができるように

今、看護師としてこだわりを持っているのは、その人なりの退院後のことを考えて援助をするということです。退院先はその人によってさまざまですが、退院したその日から始まる生活に、困難をきたすことがないように、予測して関わることを強化したいと考えています。
退院後は、どんな住居で、どんな生活スタイルに戻られるのかによって、必要な日常動作も異なるため、それに応じたリハビリが必要です。それは急にできることではないので、入院時から考え援助が必要です。また、末期の入院の方であれば、苦痛が少なく最期の時が迎えられるように介入することが必要です。そんな看護をめざして、日々の中で、先を見据えた援助ができるよう、チーム全体に働きかけていきたいと考えています。
また、今は個人的に臨床アロマスクールに通っているのですが、資格が取れたらアロマの技術を使って、後輩たちに心と体のメンテナンスを提供できたらいいなぁと思っています。それにより、当院の看護師たちがいい看護ができるようにバックアップしていけたら嬉しいです。