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この病院の良さを築いているスタッフたちの仕事ぶりを大切にし、スタッフに配慮していきたい

私は4月副師長になったばかりなので、まだ管理者の一人としてどれくらい役割を果たせているのかというとまだまだ納得できるレベルには達していません。副師長になって、一番の変化は、患者さんと関わることが中心でしたが、今は、それに加えてスタッフとの関わりを意識するようになったことです。スタッフの健康状態、患者さんとの関わり方などに配慮するようになりました。この病院のスタッフはとにかく優しい人が多いといつも感じています。これは私が所属している透析グループだけでなく、全体的に言えることですが、70代から90代、100歳を超える高齢の患者さんがとても多い環境で、細やかで、人情味のある対応を心掛けているスタッフと一緒に仕事をする中で、メンバーが患者さんとの関わりについて話す時に、この病院の良さを築いている彼らの仕事ぶりを大切にしなければいけないと感じています。また、そういう仕事に対するスタンスから私も学びながら、一緒に成長していきたいと思っています。

患者さんを受け止め、選択肢を提示して、患者さんにとっての幸せの道筋を一緒に考えていきたい

私は、もともと、祖父の希望がきっかけで看護師になりました。入院をしていた祖父を担当していた看護師さんが厳しい方だったようで、「○○してはいけない」「○○はできない」と頭ごなしにNOを言わない、患者さんの意志を尊重する看護師になってほしいと言われました。これは、看護師になってからも、私が大切にしていることで、患者さんの意志を尊重し、簡単に「○○はできません」を言わない看護師、患者さんの意志を受け止める看護師としてやってきました。もちろん、食生活、日常生活、治療方針などで患者さんの話を受け止め、情報提供をし、選択肢を提示して、その人にとっての幸せに繋がる道筋を一緒に考えていくというのが大切ではないかと思っています。また、ご家族に対するケアについてももっと考えていきたいと思っています。例えば、意識のない患者さんの透析を続けるかどうかといった局面で、止めた段階で死を意味するので、それをご家族が判断するしかないのですが、患者さんが亡くなった後、残ったご家族が心の傷を負わなくてもいいようにするにはどうしたらいいのかといったことについても私たちの役割は大きいと感じています。今後は、患者さんが元気なうちに、意思決定支援をどうするかといったこともスタッフとともに勉強していきたいと思います。

スタッフそれぞれが他部署との連携を図り、部署全体で看護の質を向上させていきたい

今後のチャレンジですが、やはり、部署全体で看護の質を向上させていきたいと思います。そのためには、電子カルテで情報共有ができるようになっているので、それをこれまで以上にもっと活用していけるようにしていきたいと考えています。具体的に言うと、訪問看護、リハビリ、栄養士、外来、地域連携といった各部門との相談を活発化し、質を向上できるような連携を図っていきたいと思っています。スタッフが興味関心を持っている部署を担当として、どのように連携を図っていけば、患者さんに対する看護の質が向上するかをそれぞれのスタッフが考え、実践し、部署で供していく体制を作っていきたいと考えています。透析は患者さんが生命維持のために一生付き合う治療なので、負担は大きいのですが、あくまでも透析は日常生活の一部分と捉え、日本という資源に恵まれた国で他の時間を幸せに過ごせるように看護師として何かできるのか、このチャレンジを通じてみんなと一緒に考えていきたいと思います。

看護師を辞めたい!そんな私への上司の一言が、看護が好きになるきっかけを作ってくれた

看護師になって既に10年が過ぎました。もともとは介護福祉士になろうと思っていましたが、母親が看護師を勧めてくれたので、看護師になりました。実際に看護師になることはできましたが、新人の頃は、正直言うと仕事をするのが苦しかったですし、悲しい気持ちの毎日でした。血液内科に配属されたのですが、日々、弱っていく人を看る、そして、亡くなっていく様子を見るという状態が私には重かったのです。患者さんに点滴をしたり、体を拭いてあげたりする中で、ちょっとしたコミュニケーションを取る機会がありますが、どうしても悲観的なお話が多くなり、受け止めるのがとても苦しく、看護師としての経験もないので、何がわからないのかさえわからない毎日でした。「もう、辞めたい」と思い、上司に相談したら、「人間に死は付きもの、残りの人生にどう寄り添うのかも看護」と教えられ、考え方や気持ちが一気に切り替えられました。「あんた、ありがとう」と患者さんから声を掛けられることも素直に嬉しい気持ちになり、人の役に立つ仕事なんだと実感がわくようになっていました。その後は、一転して、この仕事が好きという気持ちで取り組んでいます。

内視鏡を受ける患者さんの不安を軽減し、少しでも楽な気持ちになって頂けるかが私の仕事

その後、ICU、外科、そして外来と様々な部署で看護を経験しました。現在は、外来勤務ですが、内視鏡の担当をしています。内視鏡を受ける患者さんは、何度も経験されていても不安な気持ちを持つ方が多いので、その不安をいかに軽減するかということに配慮するように心掛けています。検査前のコミュニケーションでは、初めての人ならどういうものかを丁寧に説明する、2回目以降の人なら前回実施したことの話をお聞きし、それぞれ不安に感じていることに対してしっかりと答え、ケアするようにしています。また、検査中は、背中をさすったり、適度な声掛けをし、気持ちが少しでも楽になるように気遣います。試行錯誤の中でやっていますが、日々嬉しいこともあります。病棟での看護では、毎日、患者さんと顔を合わせますし、短期間であれ、一緒に過ごす時間が長く、お互い気心が知れてきます。しかし、外来では、一般にそんなことはあまりないと思われがちですが、内視鏡検査で関わった患者さんは私たちのことをよく覚えて下さっています。飲み方の注意、楽になる方法など患者さんはそういうこともしっかりと覚えて下さり、私は、そんな時、もっと役に立ちたいと心が弾みます。

内視鏡に関わる仕事を極めていきたい、そして、その重要性を社会に広め、健康維持に役立てたい

試行錯誤の中でようやく内視鏡についてもわかり始めてきたので、これをしっかりと自分のものにしたいと思っています。一つひとつ、一人ひとり、しっかりと関わっていくということですね。そして、将来的には、内視鏡に関わる仕事を極めていきたいという気持ちが強いです。だから、研修会などに参加して、もつと勉強したいと思っています。健康な体を維持していくためには、やはり、健康な状態かどうかを正確に知ることが大事になってきます。そういう意味では、定期健診は大切です。体の細部に渡ってまでチェックすることを怠ったために、知らない間に病気が進行していたという話はよく聞く話です。そんなことがないように、内視鏡検査の重要性を社会に広報していくような活動にも関わり、健康維持に役立ちたいと思っています。

手術は非日常。不安を和らげる工夫を重ね、仕事の喜びが見えた

私が看護師になろうと思ったきっかけは、高校時代に看護師を目指している友達がいたのがきっかけで興味を持つようになりました。元々、社会貢献ができる人になりたいという思いもありましたし、人に直接関わりお世話をする仕事ということで看護師の道を選びました。ただ、看護師になったばかりの頃は、自分がやりたかったこと、あるいは、抱いていた看護師のイメージと違うので大きな戸惑いがありました。手術室に配属になり、今、振り返ると、自分が単に余裕がなかっただけなんですが、機械の扱いを覚えるのに一苦労で、患者さんとの関わりが薄いように感じ、複雑な気持ちで過ごしていました。2年目になると、少し、余裕も生まれ、看護とは何かを考えられるようになりました。人生の中で手術をする人なんてそうはいませんし、言わば、入院でさえ非日常ですから、手術は非日常の中のさらに非日常なわけです。誰しも不安でいっぱいです。そんな中で、どうすれば少しでも不安を和らげることができるかを考え、工夫し、お声掛けをしていく中で、患者さんとの関わり方をあれこれと考えることに楽しみと喜びを見出せるようになってきたと思います。

患者さんの生き方・価値観をよく理解し、その人らしさを尊重する看護をしていきたい

私は、そうして2年間の看護師生活の後、結婚・出産で離職し、10年ぶりに看護師の仕事に復帰しました。2度目の新人です。しかも、今度は病棟勤務になりましたので、初めは業務を覚えるのにやはり一苦労でしたが、新人時代と違い、やはり看護を念頭に置いて仕事に取り組むことができました。高齢者の患者さんが多いので、私は、どんな状態の人であってもその人らしさを尊重することを大切にしながらケアをするようにしています。私よりも人生経験が豊富な言わば人生の先輩たちです失礼のないように配慮することを心がけています。そのためには、患者さんの生き方や価値観、生活様式や習慣をよく観察理解するように努めています。実際は、心掛けていても、自分のケアが正しいのかどうか評価が難しいです。例えば、退院支援です。装着しているもののメンテナンス、薬を飲むこと、トイレがうまくいけないことなどどうすればいいのか。家族のフォローは何が適切か、ヘルパーなど社会的資源の活用は…その人らしさを尊重するというのは難しく、少し壁にぶつかっています。ただ、2年経ち、ようやく入口が見えてきたという感じです。

患者さんが望まれるのであれば、自宅で生活の実現の道筋を見出せる看護師を目指したい

今、褥瘡の委員会に入れて頂き、役割をもらうようになれました。褥瘡に関しても症例はたくさんあるのですが、それらをすべての看護師に周知するのが難しく、それを何とかしたいと考えています。世の中の変化に伴い新しい良質の情報や知識はどんどん増えるのですが、それを習得すると看護の質が向上するのは誰でもわかるのですが、それを得る時間の創出もまた大きな課題です。個人的には、退院支援についてもっと深めていきたいです。退院後訪問に行った時に感じたのですが、病院にいた時とご自宅で過ごされている患者さんの一番違いは、ご自宅では、表情に安堵感があり、また、イキイキとされていることでした。私は、患者さんやご家族が望まれるのであれば、ご自宅で生活ができるようにどうすればいいかを念頭に置き、そこに立ちはだかる問題をどう解決するかを考え、適切な道筋を見出せる看護師を目指したいと思います。

医療に興味を持ったきっかけは、叔父の介護経験

いくつかの医療関連の仕事を経験した後に、親戚の者の介護をする経験をしました。入院中、お世話をしている時に、「自分がやりたかったことはこういうことか」ということに気づきました。そして、看護補助者になりました。医療や福祉についてよく知らなかったので、職業として実際に仕事をしていくと独特の短縮用語や患者さんとの接し方が分からず、そして難しく初めの頃は苦労しました。そんな中で、私は、普段の私と変わらない、気取らずに、飾らずに、患者さんとまるで近所にいる人間のように接するように工夫しながら、この仕事を覚えていきました。

優しさで包み込み、その人の想いに適う接し方を大切に

私が、仕事をする上で大切にしていることは、患者さんによってコミュニケーションの方法を変えるということです。一人ひとりの患者さんはみな年齢も、性別も、性格も、生活背景も異なるので、その人その人に合った接し方というのが大切だと思っています。基本的には、優しさで包み込むようにして、その人を尊重するということですが、そのためにはその人の言うことを否定せずにしっかりと話を聴き、その人の想いに適うようにしようとしています。ただ、だからといって、私に想いがあってもうまくいかない時もあります。そんな風にうまくいかない時は一人で抱えることなく、看護師に頼ることもあります。逆に、こちらの提案で看護師が私たちを頼りにしてくれることもあります。職場においては、看護師の皆さんは私たちに親切に指導してくれるますし、プライベートな話もできるので、良い職場環境で仕事ができています。

生涯に渡って、患者さんのいろいろなことに気づける存在でいたい

自分の将来を考えた時、生涯にわたってこの仕事に従事していきたいと思います。夜勤は、看護師の人数も少なく、急患や患者の急変で大変なときはあります。患者さんが亡くなられることもありますが、そんなときもみんな最後まで一生懸命に仕事に取り組んでいますし、退院して施設や家に帰ることができた時は「よかったなあ」という気持ちになれますし、様々な想いを抱きながら仕事ができるのが私の仕事の魅力です。命を預かる現場にいる限り、患者さんのいろいろなことを気づける存在でいたいと思います。それと、自分も将来はきっと、今の私がしている仕事をしている人たちにお世話にならないといけないんだろうなあと思っています。だから、今、自分ができる間は一生懸命にこの仕事に取り組みたいと思います。

後輩達に、道筋を示せる存在になりたい

医薬品会社の営業職を辞めて、看護学校へ

高校卒業後、医薬品会社で営業職をしていた私に、ある時、長く通っていた歯科医院の先生が「同じ医療の世界で働くのなら、メーカーではなく資格を取って働いてみては?」と言ってくれたことがきっかけでした。今でこそ、男性看護師の認知度はあがっていますが、35年前はまだまだ看護の道に進む男性はかなり少数派でした。運よく、同じ看護学校に男性の看護学生が数人いて、私と同じように会社勤めを辞めて看護学校に進学したという先輩もいたため、みんなで助け合いながら、楽しい学生生活を送っていました。

無事に手術を終えた時の大きな達成感が、手術室看護師の醍醐味

今と違って、昔は男性看護師の活躍の場は手術室か透析室のどちらかに限られていました。病棟看護をしてみたいと思うこともありましたが、結局私は透析室と手術室に交互に配属されるという形になりました。現在は手術室の副師長をしながら、外来も兼務しています。手術室看護師は、看護師の中でもとりわけ、命を預かることへの使命感が求められます。緊急事態に備えて予測しながら行動したり、急変の際は医師と協同して迅速に対応したりと、仕事中は緊張を強いられる場面の連続ですが、だからこそ味わえる達成感が仕事の魅力と言えます。私が長く手術室で働いて来られたのは、患者さんの命を守るため、看護師としての能力がダイレクトに求められていると実感する瞬間が何度もあったからだと思います。

何歳になっても積極的に学ぶ姿勢を大切に

スタッフの体調管理や相談など、管理業務は副師長にとって重要な役割ですが、やはり私は、看護師は何歳になっても技術を磨いたり、新しい知識や考え方を取り入れたりする姿勢を大切にすべきだと考えています。その姿勢を見せ続けることが、後輩を育てる事にもつながるはずですし、何よりも学ぶこと自体が自分の原動力になっているようです。また私は手術室だけではなく、病院全体をアットホームな雰囲気にしたいので、日頃からコミュニケーションをとても大切にしています。院内ですれ違う患者さん達にも積極的に声掛けするようにしていて、ちょっと困っていそうな人に「どうしたの?」と聞いたり、歩きにくそうな人にそっと手を添えたり。後輩達がみんな、そういう細やかな気配りができる看護師になってくれたら、とてもうれしいです。

患者さんの安全を、陰ながらサポートしています!

全くの未経験から、看護助手の仕事に

sogasamaこの病院に看護助手として就職して、もう15年以上 になります。元々亀山市役所の事務職員をしていた私が、病院で働くことになるとは夢にも思いませんでしたが、市役所の仕事を退職した後、お世話になっていた上司から市民病院での看護助手の仕事を紹介されたことを機に「一度挑戦してみようかな?」と思い、応募しました。入職当初から中央材料室への配属は決まっていましたが、医療に関する知識が全くなかった私には、一体どんな仕事をするのか、イメージしにくかったことをよく覚えています。あの時、持ち前のチャレンジ精神で、未経験の分野に一歩踏み出すことに決めてよかったです。

スキルアップを目指して、滅菌技師の資格を取得

中央材料室で仕事をしているうちに、滅菌に関することだけではなく〝医療機器安全〟や〝感染〟など、様々な事柄に興味を持つようになっていきました。そんな中、日本医療機器学会が開催している勉強会に参加し、滅菌技師という資格を初めて知りました。滅菌技師には第一種と第二種があります。まず第二種の資格を取るための講座を受講し、試験を受けました。その後次のステップとして、必要な講座を受講し、認定申請することで、第一種滅菌技師の認定を受けました。資格取得という目的だけではなく、日頃仕事としてやっていることを振り返り、裏付けとなる根拠が理解できたので、勉強すること自体に大きな意味があったと思います。現在、中央材料室には私を含めて2名の看護助手が在籍しています。今でも学会主催の勉強会に参加し、最新の情報を取り入れ、スタッフ間で知識や情報を共有できるように努めています。

滅菌技師は、医療現場の〝縁の下の力持ち〟

中央材料室で働く看護助手は、直接患者さんと接する機会がほとんどありません。私たちの仕事は病棟や外来、オペ室で使用した器材を回収・洗浄するほか、各部署から請求された器材やディスポーザブル製品の払い出しが中心になるので、まさに病院という舞台を支える〝黒子的〟な役割を担っています。それでも、医療現場での患者さんの安全向上に携わっていることには変わりないので、常に仕事中には患者さんのことを思う気持ちを忘れないように心がけています。器材を取り扱う際には、「もし自分がこの器材を使われるとしたら、安心できるかな?」「滞りなく器材や物品を払い出すことで、処置や手術が安全に進行してほしいな」という思いを胸に、誇りを持って裏方業務に徹しています。また、長年同じ部署で働いて来たこともあり、オーダリング導入や院内の物流システム変更など大掛かりな業務改善にも関わることができ、とても良い経験をさせていただいたな、と感謝しています。忙しく、大変なこともありますが、出来る限り長くこの仕事を続けていくことが今後の最大の私の目標です。

毎日のケアを、丁寧に積み重ねることに価値がある

障がい者施設で介護職員としての勤務を経て、看護の道へ

itotomomisama小学生の頃、テレビで障害を持つ子どもたちの支援に情熱を注ぐ宮城まり子さんの姿を見て、将来は自分も福祉関係の仕事に就きたいと考えるようになりました。その思いは高校生になり進路を選択する時期になっても変わらず、幼児教育や社会福祉について学べる短期大学に進学しました。当時はまだ介護福祉士という資格はなく、寮母として身体障がい者施設に就職。初めて看護師の仕事に興味を抱いたのは、短大生の頃アルバイトしていた小児科医院で、患児が熱性けいれんを起こした時のことです。医学的知識がなかったので、ただ見守ることしかできず、救急車が到着するまでの時間がとても長く感じられました。そして寮母として看護師の近くで一緒に仕事をするようになってから、入所者の健康維持のためにはもちろん、自分の身を感染症などの危険から守るという意味でも、医学的知識を学びたいと考え、看護学校に進学することを決めました。

「看護って何だろう?」-この問いに向き合うため、ホスピスに再就職

卒業後、県内の総合医療センターで看護師として働き始め、充実の毎日を過ごしていました。でも8年目になったある日のこと。ドクターから「看護師って、何をする人なの?」と聞かれて、答えられない自分に戸惑いました。自分なりに色んな思いを持って働いていたことは確かですが、それを言葉で表現して人に伝えられず、もどかしくてたまりませんでした。このエピソードが大きな転機となり、大阪にある総合病院に再就職し、ホスピス病棟へ配属となりました。ただひたすらに自分の命に向き合っている患者さん達を目の前に、「看護師として、人として何ができるのかな?」と、考える日々が続きました。終末期の患者さんとの関わりを通して導き出したこと。それは、「今日一日を大切に生きる」という姿勢です。専門職としての自覚と責任、知識と技術を持って相手に関心を寄せ、一回ずつのコミュニケーションを通して相手のことを理解すること、相手を信頼すること、そして、ケアをとにかく丁寧に気持ちを込めて実践することが、看護の価値そのものと改めて気付きました。何より、同じ方向を見て研鑽と意識を高めあえる上司・同僚そして最後の大切な時間を過ごした患者さん、ご家族との出会いは私の宝物となっています。

患者さんを一人の生活者として看護を提供できるように

10年間のホスピスでの経験を一般病棟で活かしたいと異動、4年間を経て退職し、今年の4月からこちらの病院に再々就職しました。高齢多死社会となっていく今日、大好きな地元に貢献したいという気持ちから、地域に根差した医療を提供している当院を選んだのです。まだ4ヶ月しか経過していませんが、病院スタッフが一丸となって、在宅医療・看護を推進する動きの中で、地域連携における看護師の重要性をひしひしと感じています。当院の看護部には訪問看護室があり、退院後の患者さんの訪問に同行させていただいたことで、退院支援に何が必要なのか、新しい視点が広がりました。常に社会の変化に対応できる知識と技術、そして、“こころ”を持ち合わせた柔軟な看護師でありたいと思っています。

患者さんの「ありがとう」「また来てね!」の言葉に励まされて

kameyama-160601看護師をずっと続けている母の影響を受け、幼い頃から看護師の仕事に興味を持っていました。看護師は人の命をあずかる仕事なので大変だろうな、と子供心に感じていましたが、「自分が関わることで患者さんが元気になっていく姿を見られた時、すごくうれしいし、やりがいを感じられるよ。」という母の言葉に胸を打たれて、自分も同じ道に進もうと思いました。

私はもともと三重県出身で、当院からの修学資金制度を利用しながら県内の看護学校を卒業しました。卒業後、他府県に就職する同級生もいましたが、大好きな地元で頑張りたいという気持ちと、総合的に学べる環境で働きたいという思いから、この病院に就職しました。今年入職したのは新人の私と既卒者である同期の2名だけですが、アットホームな雰囲気でとても話しやすい先輩ばかりなので、毎日とても楽しいです。仕事中、いつも先輩の方から「大丈夫?何か困っていることはない?」と声を掛けてもらえるので、分からないことがあってもすぐに解決できます。
コミュニケーション研修で学んだことを、自分の看護に活かしたい
私が勤務している西病棟は急性期病棟で、様々な診療科の患者さんが入院しています。今はまだ入職したばかりなので、一日に受け持つ患者さんは1部屋(6人)だけで、それぞれの患者さんのプライマリーナースの指導を受けながら、日々の看護に取り組んでいます。

患者さんと接する中で特に感じているのは、〝信頼関係の大切さ〟です。先日新人教育研修の一環として、三重県看護協会主催の外部研修に参加させていただきましたが、自分の話し方や表現の仕方によって、思わぬところで患者さんにプレッシャーを与えたり、自尊心を傷つけたりする可能性があるという点に改めて気付かされました。疾患や障害の程度はもちろん、患者さんの性別や年齢層によっても、感じ方や受け止め方は様々です。日頃の何気ない会話はもちろん、個別の指導をする場面でも、常に自分の言葉の選び方や表情などにも注意しようと思います。

認知症の方ともしっかりと信頼関係を築けるように

今は日々の業務を覚えるだけで精一杯ですが、そんな中でも業務中心ではなく、患者さんの心やこれまでの人生にも目を向けるようにしています。今後ますます高齢化が進むため、高齢者や認知症の方の支援の方法やコミュニケーションの取り方について勉強したいです。看護学生時代、認知症の患者さんを受け持った時、どう関わっていいのかとても悩んだ経験があります。認知症の方の行動や言動には必ず理由があると思うので、表面的なことだけで判断するのではなく、心理的・社会的背景からその人の全体像をとらえられるようになりたいです。

とはいえ、入職したばかりで、様々な処置や急変時の対応、夜勤での動き方など、看護師として一人前になるために、まずは習得すべきことがたくさんあります。師長さんや先輩方みたいに、常に全体を見渡せる看護師になれるよう、精一杯頑張ります!

高校時代に看護師になろうと決意

story009-01[1]看護師 末安静香
子どものころから「将来は保母(保育士)さんになりたい」という夢を持ち、高校時代にはピアノを習い始めたのですが、ある日、友だちから「保母さんって結婚してから働くのは難しいらしいよ(今はそんなことありませんが)」という話を聞きました。「それは困る!」と思った私は「それなら看護師になろう」と思って方向転換(笑)。ピアノを辞めて看護師になるという夢を追いかけることにしたのです。
親戚に看護師がいたことからこの仕事に興味を持っていたこともあり、家族が病気になっても助けられると思ったのが看護師をめざす動機でしたが、今思うと小さいころにはケガをしたら消毒するのが好きで必要以上に処置をしたり(笑)、特別支援学級の子を助けたりするのが好きだったので、看護師になりたいという潜在的な意思があったのかもしれません。
九州で育った私は地元の看護学校に進学。そして卒業後は都会の大きな病院で勉強したいと考えて、大阪の病院に就職しました。

周りの人たちがいたからここまで来られたと感謝

元々保育士になりたいと思っていたこともあり、卒後は小児科病棟で看護師のスタートを切りました。大阪で3年間、最先端の看護を勉強したら地元の九州に帰るつもりでいたのですが、当時知り合った人と結婚が決まり、夫の仕事の関係で三重県に移り住むことに。そして当院に転職することになりました。
転職当時は、小児科しか経験のなかった私は大人の患者さまへの対応に戸惑い、知らない土地で新しい生活をスタートさせたばかりの不安も重なり、大変だったことを思い出します。また、妊娠・出産の折には周りに迷惑をかけてばかりだったのですが、スタッフはみんな温かく接してくださいました。核家族ということもあり、産後もライフスタイルに応じた勤務が出来るよう配慮をいただいたこと、そして「お母ちゃんは頑張って仕事しなよ」と大きな器で子どもを預かってくださった保育士さんの存在があったから、ここまで仕事を続けられたと、周りの人たちに感謝するばかりです。
そして子どもも大きくなったので、これからは子どもを持つスタッフを助けながら頑張らなきゃと思う毎日です。

「聴く」ということを心に留めて

story009当院では長年透析室で勤務をしていたのですが、透析看護は患者さまと長く付き合えることが魅力でした。病気と付き合いながら生きる患者さまはみんな心が温かく、家族のように接してくださいます。そんな風に接しながらたくさんの事を患者さまから学ばせていただいたように思います。今は病棟で勤務し、患者さまの想いに沿った看護の大切さと難しさを実感しているところです。
当院のいいところは、職員全員が顔を知っているし、患者さまとの距離も近くアットホームな環境だということ。そのいいところを強化できるよう、今以上にコミュニケーションを深めることが大切だと思っています。患者さまやご家族にはそれぞれの立場でいろんな想いをお持ちです。それを聴いて出来る限りお互いの想いに添える援助をしたり、スタッフもいろんな想いを持っているのでその想いを聴いてスタッフ間の人間関係を深めたり・・・。そんなことをしていくのが私のこれからの目標です。
看護師になってよかったと思うのは、仕事をしたら感謝していただけるということ。その感謝に充分応えられる看護ができるよう、これからも相手の想いを「聴く」ということを心に留めて仕事をしていこうと思います。

手に職をつけたいと思ったから

story008-01[1]看護師 笠井裕美
幼いころから白衣への憧れを持っていた私は、将来の職業を考える時「看護師なら手に職をつけることが出来て一生働ける」と思ったのが看護師になろうと決める動機になりました。
看護学校に進学してからは、きれいな仕事ばかりではないことを目の当たりにして戸惑う場面もあったのですが、人と接することが好きだと思う気持ちが高まり嫌だと思うことはなく看護師に。そしてこれまで続けて来られたのは、やはりこの仕事が好きなんだと思います。
当院では、長らく外来勤務をしていたのですが、ある時病棟に異動することになりました。当時の私は病棟勤務をしたことがなかったため、わからないことばかりで戸惑いながら精一杯の精神状態で仕事を続ける毎日。そんなとき、長年外来に来てくださっていた患者さまが入院して来られたのです。

患者さまから助けられた思い出

その方は、ターミナルで残された時間は少ししかありませんでした。看護師の私は、その方の気持ちを支えるのが仕事です。しかし私はお顔を見たら辛い思いが込み上げてきて、不覚にも患者さまの前で泣いてしまったのです・・・。
病棟で何も出来ず辛いという気持ちを打ち明けると「あんたなら大丈夫!」と励ましてくださり、その患者さまが病棟で信頼している看護師に私の事を頼んどいてあげるからと・・・。
その言葉に安心して力をいただいたと同時に、いつまでも泣いているのではなく、私がこの患者さまを助けなければいけないという強い気持ちが生まれたのを今も覚えています。その時から少しずつ病棟に適応できるようになったのですが、この患者さまがいなければ今の私はなかったかもしれません。その後、その患者さまは亡くなられたのですが、いつまでも私の心にその方は生き続けてくださっているように思います。

気持ちが前向きになれるような援助がしたい

story008看護をしていると、相手の立場や気持ちを考えて言葉を選ぶことの大切さを実感します。
以前出会った患者さまは、寝たきりで介護が必要でしたが、看護師の援助に拒否的な反応を繰り返す方でした。しかし、困っておられることに対して「お手伝いさせていただいてもいいですか?」とお願いすると、すんなり援助を受け入れてくださいました。
元々会社の社長をされていたという事もあり、私たちの伝え方がプライドを傷つけ拒否的な反応になっていたのかもしれません。そんな風に、言葉一つも注意を払うことが必要だということ、そして人生の大先輩に敬意を持って接することの大切さを患者さまから教えていただくばかりです。
私の看護へのモットーは、患者さまの気持ちが前向きになれるような援助がしたいということです。そのために、言葉を選びながら、自分より目上の人として敬意を払うことを心がけて、相手の気持ちに配慮しながら看護をしたいと思っています。